東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F(天王洲) | 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル2F(六本木)

Status: Gallery

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グループ展「動く過去」
KOTARO NUKAGA(天王洲)は、2021年8月7日(土)から9月11日(土)まで、9名のアーティストによるグループ展「動く過去」を開催いたします。KOTARO NUKAGAは、長野県軽井沢町に隣接する御代田町に今年3月に開業したオーベルジュ「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」のラウンジやレストラン、客室のために作品をコーディネートしました。「記憶と出会う滞在」をテーマに、御代田の歴史や土地の持つ記憶を丁寧に掘り起こしながらキュレーションを行い、オーベルジュの敷地から出土した縄文土器から現代美術まで幅広くご紹介しました。この度の展覧会では、オーベルジュのためのコンセプトを元に、記憶を媒介とする過去と現在の関係性ついて、9名のアーティストの作品を通してさらに考えを巡らせます。

私たちは流れる時間のどこに存在しているのでしょうか。時間が不可逆で一方向のみに向かう矢のような存在であるとするならば、私たちは事象の連続性の中で常に新しい未来と直面しており、過去と呼ばれる矢の軌跡には、膨大な出来事の集積が残されていきます。縄文人が残した集落跡や土器はそこに歴史が存在する事を物語り、どのような芸術作品も同様に全て過去に属するものと言えるでしょう。同時に私たちはなんらかの(ア・プリオリであれ、経験に基づくものであれ)記憶がなければ、目の前にあるオブジェクトをいま認識する糸口を見つけることは出来ません。対象の表層は捉えられても、質や価値は過去の記憶に基づき主観的に判断されます。つまり、現在を認識するということは、過去を参照し続けることと言い換えられるのかもしれません。芸術作品を、ある時点での作家の思索を記憶させた物質と捉えれば、作品に宿る記憶を丁寧に紐解いていく時、物は物以上の何かを語り始めます。そこには鑑賞者の経験や情動に揺さぶりをかける複層的な仕掛けが潜んでおり、過去についての新しい解釈は常に運動の中にあります。

展覧会に名を連ねるアーティストたちは、実に多種多様です。歴史的建造物、古い街並、店先、庭園、そこに住まう⼈びとなど、変わりゆく「古きパリ」を丹念に記録した近代写真の父、ウジェーヌアジェ。満月の光を使って長時間露光し風景を写しとった写真シリーズなどを通じて、時間の進行に変化を与える作品を発表してきたダレン・アーモンド。近代建築の父と称されるル・コルビジェと現代音楽家クセナキスの共作でリヨン郊外に位置する傑作、ラ・トゥーレット修道院で捉えた光のイメージを発表する石塚元太良。カラー写真をセピア色に転化し、かつて写真の中にあった色彩を額縁にペイントする。ユニークな手法で認識について再考する磯谷博史。様々な再生プロジェクトに携わりながら、作家が制作を終えた後も表現の現場として存続する「風景芸術」をテーマに、1970年代から精力的に作品を発表し続ける田窪恭治。メディア間や⽀持体⾃体に存在する「ずれ」を通して、⽬の前にある対象のあり⽅をひとつにとどめず、流れた時間や空間をめぐって内包し得られる多様な図像を丁寧に浮かび上がらせる、田幡浩一。空気や光を取り込んでその場のエネルギーを表現する作品が高い評価を受け、近年では建築やファッション、デザインなどジャンルを横断した活躍を見せる三嶋りつ惠。ジャーナリスティックな視点を交えながらも、⾒る者に⾃由な想像や解釈の余地を与える暗⽰的な作品が、国際的に⾼く評価されている米田知子。シュルレアリスム運動に加わり、写真を中心に絵画やグラフィック、実験映画など多様な表現手段を通じて才覚を表し、当時を代表するアーティストとして現在も語り継がれるマン・レイ。表現方法は様々ですが、過去を捉え直し、解釈の余白を残すアーティストたちと言えるでしょう。

「動く過去」と題した本展ではこれらのアーティストの作品に加え、縄文土器や、土器片を展示します。土器や美術作品も、それを制作した者の記憶を留めるという意味においては変わらぬ性質を持つものです。データでの記録が当たり前である現代の情報社会の中で、本展は土器や美術作品を通して物質に宿る記憶を紐解いていきます。過去と現在という時空の往来を感取いただけますと幸いです。是非ご高覧ください。

[開催概要]
展覧会タイトル:「動く過去」
会期:2021年8月7日(土) ‒ 9月11日(土)
開廊時間: 11:00-18:00 (火–土) ※日月祝休廊
会場:KOTARO NUKAGA(天王洲)
〒140-0002 東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F
アクセス:東京臨海高速鉄道りんかい線「天王洲アイル駅」から徒歩約8分
東京モノレール羽田空港線「天王洲アイル駅」から徒歩約10分
京急本線「新馬場駅」から徒歩約8分
※国や自治体の要請等により、日程や内容が変更になる可能性があります。

参加アーティスト(50音順):
ウジェーヌ・アジェ
ダレン・アーモンド
石塚元太良
磯谷博史
田窪恭治
田幡浩一
三嶋りつ惠
米田知子
マン・レイ
2021-07-24

Information

URLhttps://www.kotaronukaga.com/projects/the-past-in-motion/
Address〒140-0002 東京都品川区東品川 1-33-10 TERRADA Art Complex 3F

Other

背負うなら太陽だけでいい
11月3日(火)から11月22日(日)までCADAN有楽町にて、小林万里子の個展「背負うなら太陽だけでいい」が開催されます。展覧会タイトルでもある 《背負うなら太陽だけでいい》はロバをモチーフにした作品です。自ら背負えない重荷をロバに背負わせてまで、人は何をどこまで運ぼうとしているのか、人間の生き様や本当に大切にすべきことについて考えさせられます。素材の鮮やかさや質感とともに、小林の手によって紡がれた様々なつながりやそこに込められた「生命の循環」というテーマを直接感じることができる展示、ぜひ会場にてご覧ください。 KOTARO NUKAGA is pleased to announce
平子雄一「GIFT」
KOTARO NUKAGAでは、平子雄一(1982年 岡山生まれ)の個展「GIFT」を2021年1月23日(土)から4月3日(土)まで開催します。(ご好評につき、会期を延長いたしました) 平子は、ペインティングを中心にドローイングや彫刻、インスタレーション、サウンドパフォーマンスなど、多岐にわたる表現方法を用いて、現代社会における自然と人間との境界線を問う作品を制作し続けているアーティストです。特にヨーロッパやアジア圏など、国内外を問わず高い評価を受けています。この度KOTARO NUKAGAでは、平面作品や立体作品など平子雄一の新作30点以上を発表する個展を初開催いたします。 豊かな自然環境に恵まれた岡山で生まれ育ち、その後ロンドンに渡った平子は、都会の人々が嗜好する自然が人工的に制御されたものであることに違和感を覚え、以来一貫して自然と人間の関係性をテーマに制作を続けてきました。人間たちが心理的な癒しを求めて身近に置く自然は、観葉植物や街路樹、公園など、自然を模倣した断片に過ぎず、人間の都合に合わせて管理された本来の姿からは大きく逸脱したものです。平子は作品の中で「自然や植物を人や構造物と同等のものとして扱っています。人間の生活圏では植物の力がコントロールされ、必要ないものは排除される存在(=弱者)ですが、それらを同じレベルのものとして扱い混在させることで、人と植物の境界、内と外との境界が曖昧な状況を創造して」いると言います。 絶え間なく変化を続ける自然環境にともない、人々の自然に対する価値観も変容していくことに着目し、平子は今回の展覧会に「GIFT」と名付けました。例えば、プレゼントとして贈られた花は当初美しく咲き誇り、その美しさを保つために人は毎日水を替えて手入れを施し飾りますが、時間が経ち枯れてしまえば不要なものとみなし廃棄される対象になります。また、果てしない歳月を経た樹木が神格化され御神木として祀られるように、体感的な時間の感覚や利己的な価値観によって自然は選別され、人間に都合よく消費されていくのです。それを象徴するのが、平子の絵画にしばしば描かれる樹木と人間が融合した登場人物。人種や国籍によらず、花は誰しもがもらってうれしい必要なもの、雑草は花の成長を妨げる不要なもの、と成長の過程で無意識のうちに人間が学びとり、判断を下すプロフェッショナルになっていくことを具現化したキャラクターです。一見ユーモラスで可愛らしい姿をしていますが、人間のエゴを体現する存在です。自身の種を絶やさず繁栄するために戦略的に生み出されたフォルムを持つ美しい花も、その価値を見出した人間により咲き誇った最高潮の時点で無残にも刈り取られ切り花となり、時が経てば捨て去られる運命にあることを暗に示唆しています。 平子の絵画に描かれるシチュエーションは、一見現実にはあり得ないものばかりです。樹木がリビングルームを縦横無尽に這っていたり、頭部を木に置き換えられてしまったような人間が登場したり、昼夜の区別すら判然としません。あたかも現実から遠く切り離された夢の中の光景のようですが、絵画の中の世界は平子が普段目の当たりにしている現実世界を組み合わせた、あくまでも現実の延長として存在しており、絵画と現実をつなぎ止めているのは人間と自然の関係性という通底する視座です。寓話的な世界観を通し、自然に対して一方的な価値観を押し付けてはいないのか、改めて私たちに再考を促します。 本展では、大型の平面作品や立体作品も多数発表され、さらにスケールアップした平子の世界が鑑賞者を包み込みます。ぜひご高覧ください。 平子 雄一「GIFT」 2021年1月23日(土) 〜2021年4月3日(土)(ご好評につき、会期を延長いたしました) 11:00~18:00 (火-土)   ※日月祝休廊 ※開廊時間、入場制限等については随時変更させて頂く可能性があります。
小林万里子「オーバーストーリー」
「生命の循環」をテーマに紡ぐ新たな世界観、小林万里子が KOTARO NUKAGA で初個展開催 KOTARO NUKAGAでは、小林万里子(1987年 大阪生まれ)の個展「オーバーストーリー」を2021年4月17日(土)から5月22日(土)まで開催します。※田窪恭治「Camélia」を同時開催いたします。 小林は、代表的技法である染織から刺繍、編み物まで多様な手法と素材を組み合わせて「生命の循環」を表現し続けています。昨年11月にCADAN有楽町で展示された作品《熱と水》では山を中心に据えた生態系サイクルを、高さ3m、幅5mにも及ぶ色鮮やかな布素材を用いて圧倒的なスケール感で表現し、街を行き交う人々からも熱い注目を集めました。また、2013年にはスターバックスコーヒー本社ビル、2017年にはパークホテル東京の一室にコミッションワーク《縁》を制作するなど、確かな手仕事と揺るぎない世界観で多方面から高い評価を得ています。 小林は、小さな疑問をきっかけに自らを取り巻く世界そのものの成り立ちを紐解こうとするように制作しています。それは例えば身近な人や生物の生命の終わり。亡きがらは大地へ還り次の命を生み出す温床となり、手向けられた花が落とした花粉や種を育て次の命にバトンをつなぐ自明の理を改めて考えてみるとき、小林は自身のあり方を問い直します。命の終わりを終焉ととらえず、新たな命の物語の始まりとして位置付け、丁寧につむぎ合わせていくような制作過程からは、壮大な生命の営みへの畏敬の念や祈りにも似た小林の姿勢が垣間見えます。そして、古来から未来永劫に連綿と続く確かな生命の営みのただなかにある、小さな通過点にしか過ぎない私たち一人一人が無自覚に生み出した人工物を、次世代に残すことに対して生じる疑問や戸惑いは、土に還る自然素材を丁寧に選びとる姿勢に反映されているのです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今を超えたのちに始まる別の時間、物語を想像すると、その世界は既に足元に大きく広がっていることに気づく。 私たちは誕生から寿命までの時間を、一本の直線のように感じて生きている。 直線の時間の終わりには、すべてのものは土へと還る。 土壌は既に死んだものたちから成る温かい場所である。毎年積み重なる草の遺骸で腐葉土ができ、 草の根でゆっくりと土が耕され、鳥が糞と共に撒き散らした種から新しい芽がでる。 そこから始まる世界では、緩やかに混ざり合い、繰り返され、終わりある直線ではなく、 樹木の年輪のように円を描きながら深く豊かに広がってゆく。 果てしない時間をかけて形成された「命の円」の薄皮を削りながら、私たちはこの世界に何を作りだそう。 小林万里子 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今回の展覧会タイトル「オーバーストーリー」には、私たちの祖先たちが生きてきた夥しい数の命の積層の上に成り立っている私たちの今を描く物語、そして私たちが役目を終えて土に還ったその後の命が織りなす世界の物語、というふたつの意味が込められています。様々な空間の特徴を踏まえ、空間全体を使ってコンセプトを具現化することに定評のある小林が「命の円」の薄皮に形を与え、新たな物語をつむぎ出します。ぜひご高覧ください。