東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F(天王洲) | 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル2F(六本木)

Status: Gallery

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小林万里子「オーバーストーリー」
「生命の循環」をテーマに紡ぐ新たな世界観、小林万里子が KOTARO NUKAGA で初個展開催

KOTARO NUKAGAでは、小林万里子(1987年 大阪生まれ)の個展「オーバーストーリー」を2021年4月17日(土)から5月22日(土)まで開催します。※田窪恭治「Camélia」を同時開催いたします。
小林は、代表的技法である染織から刺繍、編み物まで多様な手法と素材を組み合わせて「生命の循環」を表現し続けています。昨年11月にCADAN有楽町で展示された作品《熱と水》では山を中心に据えた生態系サイクルを、高さ3m、幅5mにも及ぶ色鮮やかな布素材を用いて圧倒的なスケール感で表現し、街を行き交う人々からも熱い注目を集めました。また、2013年にはスターバックスコーヒー本社ビル、2017年にはパークホテル東京の一室にコミッションワーク《縁》を制作するなど、確かな手仕事と揺るぎない世界観で多方面から高い評価を得ています。

小林は、小さな疑問をきっかけに自らを取り巻く世界そのものの成り立ちを紐解こうとするように制作しています。それは例えば身近な人や生物の生命の終わり。亡きがらは大地へ還り次の命を生み出す温床となり、手向けられた花が落とした花粉や種を育て次の命にバトンをつなぐ自明の理を改めて考えてみるとき、小林は自身のあり方を問い直します。命の終わりを終焉ととらえず、新たな命の物語の始まりとして位置付け、丁寧につむぎ合わせていくような制作過程からは、壮大な生命の営みへの畏敬の念や祈りにも似た小林の姿勢が垣間見えます。そして、古来から未来永劫に連綿と続く確かな生命の営みのただなかにある、小さな通過点にしか過ぎない私たち一人一人が無自覚に生み出した人工物を、次世代に残すことに対して生じる疑問や戸惑いは、土に還る自然素材を丁寧に選びとる姿勢に反映されているのです。

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今を超えたのちに始まる別の時間、物語を想像すると、その世界は既に足元に大きく広がっていることに気づく。
私たちは誕生から寿命までの時間を、一本の直線のように感じて生きている。
直線の時間の終わりには、すべてのものは土へと還る。
土壌は既に死んだものたちから成る温かい場所である。毎年積み重なる草の遺骸で腐葉土ができ、
草の根でゆっくりと土が耕され、鳥が糞と共に撒き散らした種から新しい芽がでる。
そこから始まる世界では、緩やかに混ざり合い、繰り返され、終わりある直線ではなく、
樹木の年輪のように円を描きながら深く豊かに広がってゆく。
果てしない時間をかけて形成された「命の円」の薄皮を削りながら、私たちはこの世界に何を作りだそう。

小林万里子
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今回の展覧会タイトル「オーバーストーリー」には、私たちの祖先たちが生きてきた夥しい数の命の積層の上に成り立っている私たちの今を描く物語、そして私たちが役目を終えて土に還ったその後の命が織りなす世界の物語、というふたつの意味が込められています。様々な空間の特徴を踏まえ、空間全体を使ってコンセプトを具現化することに定評のある小林が「命の円」の薄皮に形を与え、新たな物語をつむぎ出します。ぜひご高覧ください。
2021-03-24

Information

URLhttps://www.kotaronukaga.com/projects/overstory/
Address〒140-0002 東京都品川区東品川 1-33-10 TERRADA Art Complex 3F

Other

背負うなら太陽だけでいい
11月3日(火)から11月22日(日)までCADAN有楽町にて、小林万里子の個展「背負うなら太陽だけでいい」が開催されます。展覧会タイトルでもある 《背負うなら太陽だけでいい》はロバをモチーフにした作品です。自ら背負えない重荷をロバに背負わせてまで、人は何をどこまで運ぼうとしているのか、人間の生き様や本当に大切にすべきことについて考えさせられます。素材の鮮やかさや質感とともに、小林の手によって紡がれた様々なつながりやそこに込められた「生命の循環」というテーマを直接感じることができる展示、ぜひ会場にてご覧ください。 KOTARO NUKAGA is pleased to announce
平子雄一「GIFT」
KOTARO NUKAGAでは、平子雄一(1982年 岡山生まれ)の個展「GIFT」を2021年1月23日(土)から4月3日(土)まで開催します。(ご好評につき、会期を延長いたしました) 平子は、ペインティングを中心にドローイングや彫刻、インスタレーション、サウンドパフォーマンスなど、多岐にわたる表現方法を用いて、現代社会における自然と人間との境界線を問う作品を制作し続けているアーティストです。特にヨーロッパやアジア圏など、国内外を問わず高い評価を受けています。この度KOTARO NUKAGAでは、平面作品や立体作品など平子雄一の新作30点以上を発表する個展を初開催いたします。 豊かな自然環境に恵まれた岡山で生まれ育ち、その後ロンドンに渡った平子は、都会の人々が嗜好する自然が人工的に制御されたものであることに違和感を覚え、以来一貫して自然と人間の関係性をテーマに制作を続けてきました。人間たちが心理的な癒しを求めて身近に置く自然は、観葉植物や街路樹、公園など、自然を模倣した断片に過ぎず、人間の都合に合わせて管理された本来の姿からは大きく逸脱したものです。平子は作品の中で「自然や植物を人や構造物と同等のものとして扱っています。人間の生活圏では植物の力がコントロールされ、必要ないものは排除される存在(=弱者)ですが、それらを同じレベルのものとして扱い混在させることで、人と植物の境界、内と外との境界が曖昧な状況を創造して」いると言います。 絶え間なく変化を続ける自然環境にともない、人々の自然に対する価値観も変容していくことに着目し、平子は今回の展覧会に「GIFT」と名付けました。例えば、プレゼントとして贈られた花は当初美しく咲き誇り、その美しさを保つために人は毎日水を替えて手入れを施し飾りますが、時間が経ち枯れてしまえば不要なものとみなし廃棄される対象になります。また、果てしない歳月を経た樹木が神格化され御神木として祀られるように、体感的な時間の感覚や利己的な価値観によって自然は選別され、人間に都合よく消費されていくのです。それを象徴するのが、平子の絵画にしばしば描かれる樹木と人間が融合した登場人物。人種や国籍によらず、花は誰しもがもらってうれしい必要なもの、雑草は花の成長を妨げる不要なもの、と成長の過程で無意識のうちに人間が学びとり、判断を下すプロフェッショナルになっていくことを具現化したキャラクターです。一見ユーモラスで可愛らしい姿をしていますが、人間のエゴを体現する存在です。自身の種を絶やさず繁栄するために戦略的に生み出されたフォルムを持つ美しい花も、その価値を見出した人間により咲き誇った最高潮の時点で無残にも刈り取られ切り花となり、時が経てば捨て去られる運命にあることを暗に示唆しています。 平子の絵画に描かれるシチュエーションは、一見現実にはあり得ないものばかりです。樹木がリビングルームを縦横無尽に這っていたり、頭部を木に置き換えられてしまったような人間が登場したり、昼夜の区別すら判然としません。あたかも現実から遠く切り離された夢の中の光景のようですが、絵画の中の世界は平子が普段目の当たりにしている現実世界を組み合わせた、あくまでも現実の延長として存在しており、絵画と現実をつなぎ止めているのは人間と自然の関係性という通底する視座です。寓話的な世界観を通し、自然に対して一方的な価値観を押し付けてはいないのか、改めて私たちに再考を促します。 本展では、大型の平面作品や立体作品も多数発表され、さらにスケールアップした平子の世界が鑑賞者を包み込みます。ぜひご高覧ください。 平子 雄一「GIFT」 2021年1月23日(土) 〜2021年4月3日(土)(ご好評につき、会期を延長いたしました) 11:00~18:00 (火-土)   ※日月祝休廊 ※開廊時間、入場制限等については随時変更させて頂く可能性があります。
田窪恭治「Camélia」
様々な再生プロジェクトを手がけた田窪恭治が見せる「風景芸術」の世界 KOTARO NUKAGA では、田窪恭治個展「Camélia」を2021年4月17日(土)から5月22日(土)まで開催します。 今回の個展では、ヤブツバキをダイナミックに表現した切り紙絵13点を発表いたします。 ※小林万里子「オーバーストーリー」を同時開催致します。 田窪恭治は、多摩美術大学絵画科在学中に開催した初個展「イメージ 裁判」(1971)で、ポストもの派世代を代表するアーティストとして注目 を集めました。その後、表現の対象に身体的なアクションの軌跡を写しとった《OBELISK》(1979)などを経て、《巨船アルゴー》(1983)に代表される、廃材を用いたアッサンブラージュへ移行、1984 年にはヴェネチア・ビエンナーレに日本館代表として参加、同シリーズを発表します。1987年に世田谷美術館で公開制作された《日 常ー時間の層へI・Ⅱ》は、自宅のアトリエを再構成した作品で、作品領域は建築にまで拡張していきます。 その後の田窪のターニングポイントとも言える《絶対現場 1987》は、再開発により取り壊される木造住宅2棟を梁と 柱を残して丁寧に解体し、床面に新たにガラス板を張って来訪者がその上を歩いて体験したのちに全てが解体される作品で、日常風景から姿を消した後も、その記憶は写真家の安斎重男によりアーカイヴとして留められました。これは、建築家の鈴木了二と安齊との協働作業によるもので、その後田窪の代名詞となる再生プロジェクトにもつながっていきます。 時を同じくして訪れたフランスのノルマンディー地方で廃墟寸前の礼拝堂に惹かれ、11年がかりの再生プロジェクトを 指揮することに。言語や文化の壁を乗り越えながら、資金調達から礼拝堂の再生作業、壁画制作まで、地域の人々と協働して作業を続け1999年に完成を迎えます。見事に再生を果たし村人たちに愛された礼拝堂再生プロジェクトの功績を高 く認められ、フランス政府から芸術文化勲章オフィシエを授与されます。 帰国後の2000年には香川県金刀比羅宮の文化顧問に就任、琴平山再生計画に着手。2004年に大遷座祭を終えた後、白書院の襖一面にヤブツバキの花を力強いタッチで描くとともに、カフェ・レストラン「神椿」の建築デザインと壁画制作 を手掛け、歴史ある土地の持つ生命力を圧倒的なスケールで表現してみせるなど、現在も精力的に制作活動を続けています。人間が他の生物に敬意を払って共存しながら、他の要素を取り入れたり組み換えることで立ち現れる新たな風景、つ まり「風景芸術」を生み出すことで、既存の世界と一見変わらぬようでいて、全ての生物が豊かに暮らせる総合的な世界 が完成する、と田窪は考えます。「風景芸術」は、作家が制作を終えた後も、表現の現場という役割を担い存続していく のです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 椿の切り紙絵 「光」と「色」に関する人類共通の興味は、特にニュートンの「光学」とゲーテの「色彩論」を経て、近代絵画以降大 きな表現の要素となりました。ドラクロワやターナー、マネやモネの新しい絵画の表現方法、そしてセザンヌやマチスや モンドリアンなど、独自の「色」に対する表現がありました。 現在では、さまざまな技術革新とともに「色」から「光」へ、あるいは「色」と「光」を総合的に取り入れた方法が一 般的になってきましたが、特にマチスが、その後半生で多く制作した色紙を切って貼り付けた「切り紙絵」の手法と、最 晩年の《ロザリオ礼拝堂》の色ガラスを透した光が室内に入り、床や壁(タイル画)、天井などに反射して現れる色と光 のハーモニーによる表現に影響を受けた私は私自身の「風景芸術」を実施するために、フランスの《林檎の礼拝堂》や金刀比羅宮の《神椿》から2017年に完成した聖心女子大学の自然石モザイクによる《Le Pommier d’or(黄金の林檎)》 を作りました。これらの作品から特定の風景の本質的なイメージをそれぞれ「林檎」や「ヤブツバキ」「黄金の林檎」に 見出した私は現在さらに新たな「風景芸術(註)」に向けて進み始めています。 今回の《椿の切り紙絵》は、私がこれから始める「風景芸術」の最初のイメージなのです。 田窪恭治 註:「作家が居なくなった未来においても生き続ける表現の現場こそ、私が目指す『風景芸術』なのだ」 田窪恭治『表現の現場』講談社現代新書、2003年 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今回発表されるのは、ヤブツバキをモチーフに描いた新作の切り紙絵のシリーズです。琴平山再生プロジェクトで訪れ た、温暖な気候となだらかな稜線の小島が浮かぶ瀬戸内海ならではの穏やかな風土。それと呼応するようなヤブツバキの 凛とした佇まいからこの土地の性格を読み取り、「まさに有るが如き花」だと感じ、とても大切な素材になったといいま す。特徴的なセピアカラーのドローイングや天然石を用いたモザイク作品など、素材や手法を変えながら田窪作品に繰り返し登場するモチーフです。特別な思いの込められたヤブツバキが、田窪が心新たに取り組む「風景芸術」の幕開けを鮮 やかに彩ります。ぜひご高覧ください。